ピカソの絵って上手いの!?どうやったらあんな絵が描けるの?

どんな美術の教科書にも必ずといっていい位登場するピカソの絵画。美術史を作り上げて来た偉人の中でも避けて通れない、とりわけ重要な人物なのですが、ふと

「コレって、上手いの??こんな小学生でも描けそうな絵だったら、自分でも描けそうだよヽ(`д´;)ノ=3!もしかして自分も天才?!」(だいぶピカソに失礼)

なんて思って、中々ピカソ絵画の凄さがイマイチわからなかった、なんて事はありませんでしたか?

横向きの人に目が正面を向いていたり、訳のわからない形が沢山あったり。彼は何を考えてあんな絵を描いたのか、普通の人はだいたい理解に苦しみますよね┐(´д`)┌ Do you kotoyanen?。

今回はピカソの絵って、どこが凄いのか、彼が編み出した究極の絵画手法「キュビズム技法」を代表例に、解説してみたいと思います!

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ピカソは元から奇天烈な絵を描いてたわけではなかった


1901年 ワシントン、ナショナル・ギャラリー・オブ・アート ピカソ「グルメ(Le Gourmet)」

1881年スペインのアンダルシア地方に生まれたピカソは、父が美術教師だったという影響もあり、デッサンもずば抜けて上手く、14歳にして既に写真の様に写実的で古典的な絵画を完成させていました。

20代の「青の時代」や「バラ色の時代」などに見られるように、極めて写実的。美術史でいうと、ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌなどといった画家などの、ポスト印象派に大きく影響を受けていました。

当時フランスを中心とした印象主義は、絵画の世界に革命を起こしますが、写実主義という現実の物をそのまま捉えて絵に表現するという昔からの概念から逸脱することは無く、ピカソはその流れに違和感を感じていました。そして

「もっと、こう、物事の本質を捉える為の絵画手法は無いだろうか、いや、あるだろう(`◇´*)ノ”!!」

という、今までの絵画の概念を打ち破る新しい手法を考えました。

そこで親交の深かったジョルジュ・ブラックと共に、新しい絵画手法「キュビズム」という技法を生み出したのです。
 

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キュビズムの創始者

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出典:The Yorck Project: 10.000 Meisterwerke der Malerei. DVD-ROM, 2002. ISBN3936122202. Distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH.

今までにない、新しい絵画のスタイルを模索していたピカソは、近代絵画の父と呼ばれる存在のセザンヌの絵画展を見に行った時にふとあることがひらめきます。

セザンヌの絵は一見普通の静物画ですが、よく見てみると、アングルが上から見てるのか、横から見てるのか、どこから見て描いたのか分からない構図で一枚の絵に描かれていたんです!

そこで、ピカソは、複数のアングルから見えたものを、一枚の絵に構成して、物の本質たるものを絵画に表現してみたらいいんじゃない?という新発想を思いつきます。

そして伝統的な遠近法や明暗でただ単に写真のような絵ではなく、様々なものの「面」を一枚の絵にして、ものの「実在性」を表現しようと試みたのがキュビズムの始まりでした。

 

 ワケ分からない絵画構成にはちゃんとした理由があった!

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画家:フアン・グリス 「パブロ・ピカソの肖像」

キュビズムは、見えない所も描いて、物のリアリズムを究極に表そうとした新しい絵画の概念だったわけですが、そこには対象物を徹底的に分解して、新しい秩序を見出そうという試みがありました。

見たままの視覚的な現実からではなく、精神内での対象に対する概念でもって実在性を描こうとした訳ですが、ちょっと何のことやら分かりにくいですよね^^;。

ざっくり説明いたしますと、例えばパソコンをキュビズムで描こうとした場合、見えない所まで描こうとすると、中身の部品まで事細かにパーツを描かないと全部表現するのは難しいですよね。しかしそれではただの製造元のマニュアルになってしまいます。

芸術的な観点からパソコンをキュビズムで表すと、心の中の「パソコン」というイメージによって、色々な角度から描こうとすると、色だったり、形だったり、画面だったり、そのものの持っているイメージの概念が抽出出来ます。

それを組み合わせて一枚の絵に表せば、キュビズム主義の絵画になるというわけです!

 

まとめ

ピカソの生い立ちは複雑で、女性遍歴も多くかなりのプレイボーイだったみたいですが、ベル・エポック(良き時代)から、暗澹たる第一次世界大戦、スペイン内戦、第二次世界大戦といった激動の世の中を経験しており、有名な「ゲルニカ」を残しました。

自ら追放されてまで信念を貫き、絵を描くという仕事に身を捧げ続けたピカソですが、生前から最も作品を多く残した多作な画家として、ギネスブックにのるほどで、遺産は7500億にもなるほど経済的にも成功を収めた画家です。

早くから作品が評価され、名声を得ていたということもありますが、その前衛的な時代を切り開いていく開拓魂の塊で、後のアートに多大なる影響をもたらした結果だったからでしょう。

ピカソ自身、晩年にこのような名言を残しています。

誰でも子供のときは芸術家であるが、問題は大人になっても芸術家でいられるかどうかである」

 

「ようやく子どものような絵が描けるようになった。ここまで来るのにずいぶん時間がかかったものだ」

 

このように、子供が描く絵のように、純真無垢な感性のある絵を目指していたのかもしれませんね。なので、ピカソの絵をみて、「子供の絵みたい」という感想は、ピカソに向けて最大の賛辞の言葉なのかも。

というわけで、ピカソは、絵画に対する飽くなき探究心によって、あのようなスタイルを自ら確立していったので、簡単に描いたような絵とは、天と地の差があるんです。

絵が生み出された経緯を知って、改めて見てみると、ピカソが描きたかった世界の片鱗を見いだせるかもしれませんね。

 

http://bookdiary.livedoor.biz/archives/51452325.html
http://www.mitsumura-tosho.co.jp/kyokasyo/bijutu/art/shiritai/02a.asp
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%83%94%E3%82%AB%E3%82%BD

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